




継体大王を祀る足羽神社で樹齢400年あまりの高尾紅葉、名物のあすわさんのしだれざくらを見て、その風格に感じいる。
このあと、福井市自然歴史博物館の方に向い、その後方の道を下りながら新田義貞を祀る藤島神社に向かう。先日、福井新聞に出ていた、蓮の花「勾当の王女」を見るのが目的。史実では、新田義貞の妻、勾当内侍にあやかった蓮。内侍が義貞に会おうと京を出発したが、義貞が福井の灯明寺で戦死して会えなかったとのこと。義貞を祀るこの藤島神社に「勾当の王女」を植えることで、両者が時を超えて巡り合えたとの何ともロマンティックな仕立て。
この義貞の亡くなった場所から3キロ離れたところで明暦年間に(1655年〜58年)、兜が発見され、新田義貞の兜であるとされた。その兜は国の重要文化財に指定されているが、その兜が今月23日から25日に、この神社で一般公開されるとのこと。都合がつけば是非見に行きたいものだ。
さて参拝、観賞の後は、境内正面のあたり、前の道路から下につながる石段をおり、突き当りの公園通りを左折して、暫く道なりに進み、左側にある国龍神社に向かう。
有名な福井のお酒「国龍」を知っている人は、国龍と書いて「こくりゅう」と読むだろうが、神社名としては、本来「くずりゅう」と読むとのこと。この神社は、継体天皇が皇子のとき、国龍、足羽、日野の3大川を拓き、国龍川(九頭竜川)の守護と国家鎮護を祈り、477年高屋郷国龍村毛谷に社(舟橋)を祀って、工事の完結と安全を祈願したのが始まりとのこと。
国龍神社の参拝の後、北に向かい、日本一の長さの桜並木を誇る足羽川遊歩道に上る。遊歩道両側の桜のうち、川の反対側を伐採し、堤防が補強整備されて、初めての私の通行。ここから、幸橋を渡って、柴田神社に向かう。
柴田神社の前は、北の庄城址公園で、城の石垣遺跡などが現代的な感じで見れるハイカラ仕様。柴田神社の神官の末裔が日本画壇の巨星平山画伯で、公園整備に関わったように記憶しているが、その感性が活かされていると勝手読み。
さて通りに面したこの神社の資料館から観光客が出てくるのを見て、これまで入場を躊躇してきたのに踏ん切りがつき、初めて資料館に入る。入ってすぐのところに舟橋の舟を繋いだ鎖、九十九橋の石の橋脚の一部が展示され、また2階には北の庄城や勝家、お市、三姉妹のことがパネルになって紹介されており、なるほどという感じ。
資料館を出て、歩道沿いにある、半石半木の九十九橋のミニチュア版を渡る。福井市郷土歴史博物館でも、ジオラマでこの橋の紹介がされており、確か、石の橋脚の実物も展示されていたことを思い出す。全国でも珍しい橋だった様で、北斎の絵にも書いてあったような、、、
この後、遅ればせながら柴田神社社殿にお参り。社殿の前には、柴田勝家の銅像。南をきりりと睨んでおり、さも足羽山に陣取った羽柴秀吉軍を睨んでいるかのよう。南をきりりと睨んでいるようだ。のだろうか。
社殿の北隣には、お市の三人の娘、茶々、初、江与を祀る三姉妹神社、そして、その前には、お市の方の銅像がある。荒ぶる野武士的な勝家の風貌に対し、お市はスラリとした気品のある女性、現代的な美女だったのだろうか。
さて、次の次の大河ドラマのヒロインが「お江」とのこと。この北の庄城址、柴田神社も紹介されるのだろうと思いつつ、ここからガレリア元町を通って福井駅へ。
今回の所要時間は45分で4400歩。トータルは所要時間が1時間45分で、歩数が11000歩。久々の本格ウォーキングで、疲労感を味わいながらも、楽しみ、充実感もたっぷり。(完)
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