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2007年9月30日 (日)

のうねの郷まつり2

のうねの郷まつり2
のうねの郷まつり2
のうねの郷まつり2
のうねの郷まつり2
のうねの郷まつり2
 午後に入っても、雨は全く止む気配はない。午前中、盛況だったのうねっ子の家プランター作りに参加できなかったのが残念だ。

   公民館では、二階で長畝小学校区内の保育所、幼稚園、幼保園、小学校の児童の作品展と、公民館講座生の作品展、一階では活け花展、煎茶コーナー、長畝ロマンチック街道の活動紹介と土笛づくりのコーナー、自治会や各種団体、のうねの郷づくり推進協議会の部会等の活動紹介のコーナーが設けられ、多くの方の来場があった。

    城東グラウンドのテントでは、各種団体の模擬店営業や活動紹介が行われたが、特に多くの方が集まったのは、事故で脊髄、頚椎の損傷を負い、自動車に閉じ込められた人のレスキュー再現。油圧のカッターやエンジンのこぎり、ハンマーでドアをこじ開け、フロントガラスや天井をざつくりカットする模様に思わず吸い込まれる。

   雨のため、後日、後片付けが発生することを考慮して、早めにテントの足を折り、舞台を返しに行く。天幕の乾燥を確実にするため、水曜日の午後3時に集合することとして閉会式に臨む。 3時30分からの第一部の閉会式ではのうねっ子見守り隊の団体・個人への感謝状・記念品の贈呈、のうねカルタ、キッズカルタの入賞者の表彰・記念品の贈呈のあと、お楽しみ抽選会が行われ、閉会宣言で閉幕。

    5時半からが第二部。まずは、体育館で、さおとめ太鼓の軽やかなバチサバキの中で、音楽が流され、のうね総おどりとして、ばんば踊りと丸岡音頭を皆で楽しむ。

    午後6時からの花火をまつ。中々始まらず、ろくろ首状態になって20分弱待って始まる。花火があがる度に子供達の歓声があがり、盛り上がる。約百五十発の花火に酔いしれ、のうねの郷まつりは終了。ご参加いただいた皆さんどうもありがとうございました。関係者の皆様、ご苦労様でした!

のうねの郷まつり

のうねの郷まつり
のうねの郷まつり
のうねの郷まつり
のうねの郷まつり
のうねの郷まつり
 9月30日、今日は「のうねの郷まつり」。生憎の雨模様。午前7時に公民館に集合し、雨の中、テントの立ち上げ、位置決め、露店の準備。また、急遽、長畝小学校体育館でオープニングセレモニー・開会式を行うことに。ステージ発表も体育館で行い、雨が上がった場合には、屋外ステージに移動する算段。

   公民館前では自治会長の餅つきも9時20分過ぎには始められ、活気づく。公民館前では、あと、婦人会のちらし寿司、フライドポテト、ぽん菓子の即売。蕎麦打ち有段者12名が揃った丸岡手打ち蕎麦の会による手打ちそば(1ぱい400円。限定300食)、公民館利用団体の煎れたてコーヒー1ぱい百円の喫茶コーナーが設けられている。

   10時23分に、オープニングアトラクションとして、長畝小学校5年生の「緑の少年隊」の活動発表と「緑のラララ」の合唱が行われた。 31分からオープニングセレモニー。水崎のうねの郷づくり推進協議会ふるさと部会長の開会宣言、市民憲章唱和、上田推進協議会長の挨拶、多田公民館長の挨拶、自治区長・市会議員の来賓挨拶、来賓紹介。最後は「故郷」を皆で歌って10時52分に閉会。

   11時からステージ発表が始まった。踊りを見て、餅、蕎麦、寿司等の即売コーナーに行くと大にぎわい。雨にもかかわらず、活気がすごい。

世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑5)

世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑5)
世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑5)
世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑5)
世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑5)
世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑5)
   9月23日に行った宮ノ下コスモス広苑のコスモス紹介パート5。

   まず最初のフォトは「日の丸」。花の色は、ストロベリーのかき氷練乳かけが結構溶けたようで、甘い感じ。

   次のフォトは、サカタのタネの 「レッドイルージョン」。ほとんど咲いておらず、栽培区画の中央に咲く背丈の長い一株をパシャ。

  三番目のフォトは、黄色のマリーゴールドような「コスミックエロー」。

   四番目のフォトも、オレンジ色のマリーゴールドのような「コスミックオレンジ」。

   最後のフォトは、「ロード特選混合」。これもいろんな色が混ざったマリーゴールドに似ている。

2007年9月29日 (土)

世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑4)

世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑4)
世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑4)
世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑4)
世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑4)
世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑4)

   9月23日に行った宮ノ下コスモス広苑のコスモス紹介パート4。

   まず最初のフォトは、サカタのたねの「ベルサイユスペシャル」。ピンクが美しく高貴な感じ。

   次のフォトは、サカタのタネの 「ハッピーリング」。大きなピンクの花びらがいい。

   三番目のフォトは、濃いオレンジが強烈な印象の「レッドベルサイユ」。

   四番目のフォトは、ネーミングが面白い雪印種苗の「ダブルクリック」。花びらが重なって重厚な感じ。ぴ〜んと花が天を向いているのが、好ましい。

  最後のフォトは、なんか黄昏れの中に泰然自若と言った感の「アフタヌーンホワイト」。

のうねの郷まつり準備・設営

のうねの郷まつり準備・設営
のうねの郷まつり準備・設営
のうねの郷まつり準備・設営
のうねの郷まつり準備・設営
のうねの郷まつり準備・設営
 

    9月30日は「のうねの郷まつり」。今日は、その準備のため午前8時に長畝公民館に、自治会長、生涯学習推進員、体協、のうねの郷づくり推進協議会関係者等が集合。 上田推進協議会長の挨拶のあと、舞台設営班と会場設営班に別れて作業に入る。

    私は当初舞台設営班。トラックに乗り込み、磯部小学校の旧体育館に向かう。 この体育館には、大阪道頓堀中座から貰った破風や緞帳が置いてあり、毎年11月に子供歌舞伎が行なわれる。その舞台をお借りする。総勢28人で、舞台を取り出しに行き、城東グラウンドの北側に設営する。

   その後はテントの設営。その間、驚いたことには、グラウンド東側の木が枯れており邪魔になるというこで、チェーンソーが用意されて木が切り倒される。その後、ユンボが運ばれて来て木の根を掘り起こして整地。さらに少し地面が低く湿っぽいということで、トラック2台の砂利が急遽運び込まれ、整地されて、木や草が生えていた所があつというまに砂利引きの駐車場に大変身。三本の矢ではないが、活動的な人が寄った時の総合力は素晴らしい!!この作業を横目に、人力でテント張りと舞台のコンパネ、カーペット張りが進む。

  あとは、明日の「豊原そうめん」の流しそうめんの予行練習として、皆で楽しみながら食べる。平行して、総おどりの櫓のデコレーション。これじゃ淋しいということでグレードアップ。そう、人生は前向きで楽しく行かなくっちゃ。(*^o^*) 私はこのような長畝地区、人々が大好き。テントや舞台の最終調整は明日の7時から。今日は明日の天気と大勢の人手を祈りながら、アルコールで身体をいたわるとしよう。

世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑3)

宮ノ下コスモス広苑3
宮ノ下コスモス広苑3
宮ノ下コスモス広苑3
宮ノ下コスモス広苑3
宮ノ下コスモス広苑3

 先日行った宮ノ下コスモス広苑のコスモス紹介パート3。

 まず最初のフォトは、黄色い花びらが鮮烈な「ドワーフェロー」。

  次のフォトは、 「サイケ」。白い(紫の)花びらに紫色(白)がにじんでいる感じがとてもいい。

 三番目のフォトは、花びらの色が薄く可憐な感じの「あかつき」。

  四番目のフォトは、これから咲いていくという感じの花びらがまつ白の「ベルサイユフラッシュ」咲いている株が少ない。

  最後のフォトは、「ベルサイユフラッシングピンク」。花びらの色が白と非常に薄いピンク。これもこれから咲いていくのだろう。

2007年9月28日 (金)

世界のコスモス紹介(宮ノ下コスモス広苑2)

宮ノ下コスモス苑2
宮ノ下コスモス苑2
宮ノ下コスモス苑2
宮ノ下コスモス苑2
宮ノ下コスモス苑2
  先日行った宮ノ下コスモス広苑のコスモス紹介。

  まず最初のフォトは、サカタのたねの「イエローカーデン」。これから徐々に咲き始めるのだろう。一株のみ咲いていたのをパシャ。

   次のフォトは、 福家園の「シーシェルミックス」。花びらの外側と内側の色の違いが面白い。

   三番目のフォトは、濃いオレンジが強烈な印象の「ティアボロ」。

   四番目のフォトは、花びら一枚一枚が結構大きな「ソナタミックス」。花の色もいろいろだ。

   最後は趣をガラット変えて、コスモス広苑からの帰りに坂井市のゆりの里公園の近くに植えられていた、圧巻の「ひまわり」。

2007年9月27日 (木)

蝶ヶ岳登山

Img_0161 9月23、24日 皆遊会のホリベとタッキーは 北アルプス蝶ヶ岳市民登山に参加しました。

 お天気には、あまり恵まれず、頂上に着いたときは、もう、前の道しか見えなくてまつ白で……

Img_0175 で も明朝は、穂高岳、槍ヶ岳の大パノラマを見せてもらうことができ、大満足!! 蝶ヶ岳から見る穂高は、それは、それは、大きくて、最高。。。

 「丸岡山の会」の皆さんのお世話になり、アルプスでの『とんImg_0137』は、とっても、おいしかったデ~ス。56名分もの食材を担ぎ、水場もないので水と、あとは、お味噌、お碗、割り箸、ほんだし、などなど。心からのもてなしをしてくださり、大変感動しました。

 徳沢園のメインツリー、かつらの木は、ほのかに色好きはじめ、時折射すImg_0134日に光り輝いてました。

 コースは、上高地、徳沢園より蝶ヶ岳(長塀尾根)を下り、三股登山口へ

気ままにWALK66(神社仏閣巡り編)

  今朝は、晴れの日福井街中ウォーキング、神社仏閣巡り編。今日も爽やかな一日だ。

気ままにWALK66(神社仏閣巡り編)
  駅を出て、まずは、中央1丁目に向かい、勝家公とお市の方を祀った柴田神社

気ままにWALK66(神社仏閣巡り編)
 次は、大手3丁目へ。子供の名前を見てもらった佐佳枝廼社。祭神は徳川家康公、松平秀康公、松平春嶽公。

気ままにWALK66(神社仏閣巡り編)
    三番目は少し急いで、花月1丁目に向かう。福井大仏観音、西山光照寺とその横の大きな屋根の本願寺福井別院本瑞寺。

 気ままにWALK66(神社仏閣巡り編)

  四番目は、宝永4丁目に向かう。友人が結婚式を上げ、子供の名前も見てもらった、仁愛女子高等学校東隣の神明神社。天照皇大神が主祭神だ。松平慶永(春嶽)の御用掛となり、橋本左内らとともに藩政改革に参与した中根雪江の銅像が横の公園にある。

 気ままにWALK66(神社仏閣巡り編)

  最後は、また大手3丁目にある、順化小学校隣接の福井神社。昭和18年我国最終の別格官幣社として創建。松平春嶽公を奉祀している。ここから職場に向かってこのコースの歩数は約5100歩なり。

2007年9月26日 (水)

のうねの郷づくり推進協議会理事会

 9月25日午後7時半から長畝公民館憩いの間で開催。議題は、のうねの郷まつり、各部会の事業経過報告、その他。

  まず、のうねの郷まつりについて、スケジュール、役割分担、舞台設営、花火大会の説明と、寄附の依頼についての協議。まつり前日は午前8時に、当日は午前7時に公民館に集合して準備・設営を行うとのこと。

  次は各部会の事業経過報告あんしん部会からは、長畝っ子見守り隊に感謝する集会10月5日、学校開放日での開催、のうねの郷まつりでの見守り隊の団体、個人への感謝状贈呈のうねっ子の家ブランターの作成協力についての話し。

  ふれあい部会からは、のうねの郷まつりでの「総おどり」、WE LOVE  NOUNEのTシャツ作成、のぼり旗作成、チャレンジクッキングの開催についての話し。

  ふるさと部会からは、豊原でのフットパス事業が11月4日に開催されること、それに向け、案内看板、説明パンフ、参加者募集案内の制作が進んでいることと、10月中旬のフットパス設定への協力依頼の話し。

  かんきょう部会からは、竹田川周辺遊歩道について、小学生に名前募集を行っていること、11月18日の8時半から山久保地係りの遊歩道の下草刈り行うこと、10月28日に味岡山の下草刈り行うことの話し。

  じょうほう部会からは、のうねカルタの一次募集状況、協議会のホームページの立ち上げ計画地域SNSの実証実験、のうねの郷便りの発行計画情報化研修等の話し。

  最後のその他の一つは、のうねカルタ、のうねキッズカルタの最終審査。審査基準、賞の名称・数等について協議した上で、最終審査に入る。時間がなく審査結果の取りまとめについてはじょうほう部会で整理することに。

  二つ目は、次回理事会を10月5日に開催することとし、協議会の全体予算の調整と市交付金への申請について議論することに。また、事務局からは毎月一回の理事会の前に部会を開催してほしい旨の依頼があった。

  とにかく、現在は、試行錯誤、手探りの状態だ。いろんなルールの検討、実質的な事業執行体制の整備、新規事業の一からの企画立案、他部会との連携などなど。今、まさに産みの苦しみに直面している。大変であればあるほど、後の充実感は大きく、皆が一つになる絶好の機会となる。また以後の運営が非常に楽チンになるといったプラス思考で行きたいものだ。

気ままにWALK65

気ままにWALK65
気ままにWALK65
気ままにWALK65
気ままにWALK65
気ままにWALK65

   今朝は、晴れの日福井街中ウォーキング、足羽川遊歩道編。爽やかな一日で、ついつい足どりも軽くなる。

    駅を出て、高架線路沿いに南下して、城ノ橋通りを横断して仮泉橋へ。よく見ると、橋の手前の小さな建物には「豊島観音」との表記がある。その横には10体+1体のお地蔵様が。普段何気なく通り過ぎて全く気がつかなかった。ものは存在していても、見ようとしなければ見えない、意識に残らないということなのだろう。

    川の水は澄んでいて多くはなく、橋の下あたりには大きな魚が5尾、悠々と泳いでいる。なんか、魚になりたい気分。

   橋を渡って、遊歩道から川原に下り、中の道路を下流に進む。幸橋のところでは、早い時間にもかかわらずユンボが川の中央部に積み固められた土砂を削り取ってトラックに積み込んでいる。ふと下流を見ると、珍しくアオサギが川の上空を三回も旋回する姿が。

    桜橋を渡って堤防沿いの、少し荒れた遊歩道を幸橋方面に進む。日下部太郎とグリフィスの銅像のちょっと手前の福井市消防団第6団詰所前には「横井小楠寄留地」の石碑が。横井小楠は松平春岳公の政治顧問で熊本藩士。

    ここからからフェニックス通りに出て、繊協ビル、ワシントンホテルを通過し、さくら通に入って職場に。このコースの歩数は約5100歩なり。

2007年9月25日 (火)

エンゼルランドに行って来ました

  福井県児童科学館エンゼルランドに久々に行って来ました。宇宙飛行士の毛利衛さんが名誉館長だ。

エンゼルランドに行って来ました 

  このエンゼルランドは、本館別館屋外遊具で構成される複合施設。本館は、①約80の参加体験型の展示物がある「展示エリア」、②光と音のショーの体験可能なファンタジーエッグと、全天周映画、プラネタリウムが見られるスペースシアターのある「センターエリア」、③実験・工作ができるクラフトルームやコンピュータを楽しめるコンピュータルーム、科学実験ショーが見られるサイエンスラボがある「プレイエリア」からなる。 

  別館は太陽と風の砦と呼ばれ、太陽光発電と風力発電の施設をもち、館内にはエネルギー関係の展示物が配置され、遊びや体験もできる。面白い、いろんな自転車の貸出もある。

 エンゼルランドに行って来ました

  屋外は、モニュメントと一体となった水遊びができる噴水施設のほか、芝生広場の中に構築物と言った方が適切な程の各種の大型遊具、散策路、池、植栽などが配されている。

  エンゼルランドに行って来ました

 本館のプレイエリアでは、大型恐竜遊具が大人気で、子供達皆が大きな声で跳びはねている。クラフトルーム、サイエンスラボも人気が高い。子供と対照的にこのエリアで元気がないのは、お父さん。ご苦労様。
エンゼルランドに行って来ました

エンゼルランドに行って来ました 

 展示エリアは子供は入場無料、大人は百円で再入場可だ。安いのがいい。子供には宇宙のコーナーと南極の寒さ体験ができるのが人気か。おじさんの私は、昭和の町並みの中で、福井の伝統工芸、地場産業を紹介する「新福井横丁?」が懐かしくて大好きだ。そこに行くだけで癒される。

  センターエリアでは、全天周映画、プラネタリウムがあり、圧巻だ。かいけつゾロリの全天周映画をやっており、人気だ。

2007年9月24日 (月)

気ままにWALK64

気ままにWALK64
気ままにWALK64
気ままにWALK64
気ままにWALK64
気ままにWALK64
    今日は、3日ぶりの朝のウォーキング、地元遅出編。太陽が結構高く上がっていて、薄く雲が掛かってはいるが、紫外線は強い感じ。

    まずは、松川区の公園へ。先日、暗くてよく見えなかった、レインボーフラワーが目当てだ。到着すると、地区の老人会総出で、公園内の草刈り、藤だな整備、集会場の清掃をされていた。暑い中大変ご苦労様です。松川区の花壇、松川レインボーフラワーの全貌もあらわになった。中央に丈の少し高い花を配して立体感を持たせ、全体として綺麗に整備されている。

    松川区の集会場を越え、丸岡勝山線を南下し霞ヶ丘1区を通過。東陽のみった、ユースの横を通って、巽町へ。 丸岡城主、本多家の菩提寺、本光院の前を通過すると、すぐ先の魚屋さんの店先に珍客が。アオサギ?が焼き魚の美味しい匂いがする店中を伺っている感じが面白い。

  さきに進んで左側に今町が。なんか懐かしい想いがして、思わず今町をぐるっと回る。南隣の巽町に再び入って南下し、かじ惣の裏手から丸岡総合運動公園に。 室内運動場の古城ドームに到着。中は人工芝に巻き砂がしてあり、テニス、フットサル、ゲートボール等に普段使用されている。隣の屋外テニスコートでは軟式テニスが行われ、賑やかだ。

  そこから丸岡高校定時制のグラウンド沿いに石上に入り、篠岡に。丸岡高校本校のグラウンドを横目に東進すると、笠間神社前に地区の花壇。マリーゴールド、日々草、サルビアが植えられ色鮮やかだ。

  さらに東進して用水路沿いに与河に。村に入る手前の道を左折して味岡山に向かう。手前の休耕田は一面そばが植えられており、白い花絨毯に味岡山が浮かんで見える。味岡山東口から坂を登って頂上をへて西口から階段で下る。丸岡城を西に望みながら家路に。所要時間80分、歩数は約9100歩なり。

気ままにWALK63

気ままにWALK63

 今日は、2日連続の夜の福井街中ウォーキング。ただ、ルートと子供連れと言う点が昨日と異なる。

 四ツ居からさくら通りを東に向かい、前方に煌々と輝く、あけぼの学院を目にする。年がら年中、深夜まで明かりがついており、とにかくご苦労様、頑張ってという感じ。

  ラーメンの來來亭のところを左折し、国道8号に沿って北上。8番ラーメンを通過して、右手前方には、新たにオープンしたカレーのチャンピオンが見える。ラーメン店は両方とも結構入っている。激辛好きの私としては、新店のカレーは是非チェックしたいものだ。

  先に進み、丸山の交差点で左折。中華そばの「幸楽苑」は一時の大混雑からは解放されている。 道なりに進んで、長本の交差点で勝山街道に入り西南西に向かう。志比口の交差点を左折し、クスリのアオキを越え、出発地点に到着。ゆっくりと歩いており、所要時間44分、歩数は約5100歩なり。

  家に帰ってすぐに、ビリーズブートキャンプを開始。今度は本格的な汗がドット流れ出す。11時53分にキャンプ終了。すぐにシャワーに駆け込み、汗を流す。 この後のビールが最高!

 今日のウォーキングでは、他愛ない内容ではあるが、子供と40分余り会話が弾んだ。中々普段じっくりと会話するチャンスがないことを考えると、夜遅くのウォーキングは、歩行以外には注意対象がない分、虚心に会話に集中できるのでないか?今後、大事な話しがある時はこれで行こうと思う私でした。

2007年9月23日 (日)

宮ノ下コスモス広苑

  宮ノ下コスモス広苑は、地域農家の休耕田を利用して作らたもので、東京ドームの10倍以上の敷地規模。駐車場は、広苑を縦横に走る農道の左側に白ペンキでマーキングしたところ。県外の車も見受けられる。入場無料。ところどころに寄付金箱が。清掃、トイレなど経費がかかるので協力は当然だ。ちゃり〜ん。宮ノ下コスモス苑

  広苑の中央部には、新鮮なとれたて野菜、地酒、焼鳥、人形焼、焼きそば、ラーメン、焼き鯖ずし、かき氷などの店に、仮設トイレも用意されており、大勢の来客にも十分対応できる体制だ。実際、大勢のひとが次から次へとやって来る。

宮ノ下コスモス苑宮ノ下コスモス苑

 世界のコスモス苑では、世界のコスモスの珍種や、さまざまなコスモスの品種に出会える。背丈の低いもの、花びらの大きなもの、花びらが幾重にも重なっているもの、マリーゴールドのようなものなどなど、また、いろんな名前があり、名札を見るのも楽しい。

宮ノ下コスモス苑

  広大なコスモス広苑をゆっくりと走っている観覧車が見える。トラクターで引っ張る「花トラ車」だ。小学生以上は200円。コスモスの絨毯の中をふわりふわり浮かんでいる感じ。

宮ノ下コスモス苑  

  来週は、コスモスまつり。ジャンボかぼちゃクイズに向け、大きなかぼちゃ、小さな(普通)のかぼちゃが陳列されている。祭への期待を掻き立ててくれる。 綺麗な花を見て、久々に楽しませてもらった。(^∀^)ノ

「てっちゃんらーめん」(屋台)に行ってきました

「てっちゃんらーめん」(屋台)に行ってきました
「てっちゃんらーめん」(屋台)に行ってきました
「てっちゃんらーめん」(屋台)に行ってきました
「てっちゃんらーめん」(屋台)に行ってきました
     「腹減って、チョーやばいョ」との子供の言葉に、思わずひらめいたのは、昔、職場の同僚が話していた、「県立病院から8号線の先に、屋台があって、ひでー辛いけど、癖になるんにゃて。」の話しを思い出す。

    目的地に到着すると、屋台というより小さなラーメン屋さんという感じ。トラックを改造した店には普通の家のような玄関戸があり、鉄製の小階段を上がって中に入る。店には左右の壁に沿ってカウンターテーブルが設置され、12ほど?の丸椅子が置かれている。お客は既に5名が腰掛けている。

  私はとにかく辛いラーメンが食べたく、キムチらーめん840円を、子供みそらーめん680円を注文。屋台としては少し高めか。

  つゆはアツサリとした和風仕立て。最近跋扈するギトギトの動物性のつゆに慣れさせられている舌には、最初は物足りない感じ。それが食べるに従い新鮮になり、味自体は美味しいので、すう〜っと入って行く。珍しく二人とも殆どつゆを残さず完食、ごちそうさまでした。大満足!(*^o^*)

  なお、物凄く辛いラーメンということでキムチらーめんを選択したが、普段から、カレー、辛み大根おろし、キムチ、カラムーチョ、ハバネロ唐辛子で特に鍛練を重ねている私には、物足りない感じであった。

  私達が食べている間にも、客は2組入って来て、11時半過ぎというのに、賑わっている。客層も、意外や意外、私を除けば、皆20代以下。店を出たところで、飲み会の最後の締めということなんだろう、中年が2人、タクシーを降りてやって来る。中年は自分一人ではなかった、何だか安心。う〜ん、飲み会の締めとしても、優しいラーメンだ。

2007年9月22日 (土)

気ままにWALK62

気ままにWALK62
気ままにWALK62
気ままにWALK62
気ままにWALK62
気ままにWALK62

     今日は、久々の夜の福井街中ウォーキング。

    四ツ居からさくら通りを西に向かい、サークルKサンクスのところを左折。旭小学校の方へ向かう。道路や歩道は広いが照明が暗いため、時々段差のあるところでつんのめる。

    旭小学校からは福井駅の東口に向かい、駅手前で左折して、建物全体が明かりで浮かび上がっているアオツサに寄り、桜木図書館で借りた本を返す。

    そこから南下し城の橋通りを西に向かう。柴田神社、北ノ庄城址を通過して幸橋に。橋の中央一直線にテントが連なってる。何だろうと思って近付いて見ると、福井鉄道の軌道工事の箇所にテントがかかっている。工事の標識を見ると、工事は来年3月まで。完成が待ち遠しい限りだ。

  幸橋からは、真っ暗な遊歩道を通り、桜橋のところからまつすぐ南下。すぐに愛宕坂に到着。9月からは坂に明かりをつけているそうだが、フラッシュなしでの撮影は厳しい。一か八かでパシャ。

  愛宕坂からは公園通りを東の方に進んでフェニックス通りに入り、再び幸橋を渡り、繊協ビルから県庁の中をショートカットして、さくら通りに。

  NHK、国際交流会館を通過し、道なりに東進。日中の暑さが嘘のような涼しさ。夜のウォーキングもなかなかのものだ。ゆっくりと、また、いろいろ観察しながらの歩行でもあり、所要時間85分、歩数は約9100歩なり。

2007年9月21日 (金)

のうねの郷づくり推進協議会じょうほう部会

 9月21日午後6時から長畝公民館交流ホール。議題は、のうねカルタ、のうねキッズカルタの第一次審査。募集は8月20日から始まり11月30日まで。今回は第1次応募分で、のうねカルタには約50点、キッズカルタには約190点が寄せられた。

  特に、キッズカルタには、子供たちのいろんな思いや考えが見て取れ、微笑ましい感じで見させていただいた。25日の理事会で最終審査を経て、30日ののうねの郷まつりに表彰の予定

  その他として、会議の議事録の様式、会計関係の様式について議論。さらにはホームページの試験運用の話し。ブログが充実していること、新たなコンテンツを用意するのに時間がかかることから、当面メーリングリスト機能を活用した理事会メンバーへの連絡への活用と、ホームページ構成の検討を行っていくこととなった。

  今日の午後7時からは、かんきょう部会、ふるさと部会がそれぞれ開かれている。とにかく、年に一度のメーンイベント、のうねの郷(公民館)まつりに、のうねの郷づくり推進協議会の新たな事業が本格化してきて上乗せになっており、多忙な毎日だ。公民館の方も段取りご苦労様です。ご一緒にがんばりましょう!!

気ままにWALK61

気ままにWALK61
気ままにWALK61
気ままにWALK61
気ままにWALK61
気ままにWALK61

 今朝は朝寝坊。ビリーは夜に回して、とにかく日課の福井街中ウォーキング。

 駅を出て、高架線路沿いに南下して、城ノ橋通りを渡り、仮泉橋へ。橋脚は完成しており、10月中旬からの橋げたの架設工事を待つばかりだ。パシャ。

 今日は、遊歩道を通らず、下におりて川原の中の道路を歩く。幸橋への自動車の通行は始まったが、福鉄電車の橋中央部の走行は未だで、それに伴って歩道も上流側は鉄橋の上流側の仮設歩道のままだ。橋を裏から見ると、上流側の橋げたには仮設の足場が設置されたままだ。パシャ。

 幸橋をくぐって、下流の方に向かい、遊歩道に戻る。パシャ。桜橋を渡って、足羽川沿いに幸橋の方に戻る。恥ずかしい話だが、今日はじめて堤防沿いに歩道があるのを発見。桜の木があり、草が結構な丈になっているので、下の道路からは分からなかった。その歩道から幸橋方面をパシャ。

 先に進むと、2体の銅像が見える。近寄って見ると、日下部太郎とグリフィスのものだ。日下部太郎は、福井藩最初の官費留学生として渡米し、ラトガース大学に入学。3年間必死に勉強し、非常に優秀な成績だったが、卒業を目前に異国の地で病死。享年26歳の若さだ。日下部の死を悼んだラトガース大学は、特例として卒業生名簿に彼の名を載せ、優秀な卒業生のみがなれるファイ・ベータ・カッパ(Phi Beta Kappa)会員の資格を学位とともに彼の死後に贈ったとのこと。日下部の先輩で親交の厚かったウィリアム・グリフィスは、日下部の勉学態度を見て、日本人の節度と勤勉さに心を動かされ、福井藩から招待状を受け来福。グリフィスは、藩校で教壇に立ち、生徒を丁寧に指導。その後、東京の大学で教鞭を執り、日本の新しい教育のために尽力したとのこと。福井市とニューブランズウィック市、福井県とニュージャージー州の姉妹友好関係は、2人の功績に基づいているといえるもの。パシャ。  

 美しい先輩後輩愛と勤勉な日下部に思いを馳せながら、職場に向かう。このコースの歩数は約3700歩なり。

2007年9月20日 (木)

気ままにWALK60

気ままにWALK60
気ままにWALK60
気ままにWALK60
気ままにWALK60
気ままにWALK60

    今朝は福井街中ウォーキング、西コース。電池切れで写真の撮れなかった昨日のリベンジ。ただ、時間が多く係るので、極力信号待ちを回避する必要がある。

 昨日と同じルートでは味気ないので、駅前大通りの右側を通って西に進む。ところが日本海庄やのところで信号待ちとなり、やむなく横断して右側に。お蔭で、10月1日オープンに向け急ピッチで準備が進む福井駅西口地下駐車場と併せて整備中の道路中央分離帯花壇の状況を観察することができた。

 繊協ビル以西から九十九橋までは、昨日とルートを変え、片町の中を通って西進する。花月橋手前に至り、上流に向け足羽川をパシャ。そこから花月橋通りに入り湊八幡神社の鳥居をパシャ。北進して、さくら通りに入り福井大仏に参拝して、パシャ。

 時間がなく、小走りに職場に向かう。このコースの歩数は約5500歩なり。ウォーキングについては、総歩数1日2万歩を目標としているが、昨日までの5日間の累積債務が23500歩に及んでいる。今日は少しでも取り戻さなくては。この時点で、現在1万5千歩。よぉ〜し、ファイアー!!

気ままにWALK59

気ままにWALK59
気ままにWALK59
気ままにWALK59
気ままにWALK59
気ままにWALK59

    今朝は、久々の地元早朝ウォーキング。空気がひんやりして、とっても気持ちいい。まず、東の山に挨拶をし、ようよう白くなりゆく前の山をパシャ。

    北上して、長畝小学校前を通過し、松川区の公園に。地区の花壇、「松川レインボーフラワー」があり、マリーゴールド、日々ベゴニア等が植えられいる。周囲が暗く、綺麗な花がはっきり視認できないのが残念。

    次は城北に向かい、元気な地区の花壇をパシャ。続いて栄区に入り、畑に繁茂しているヒマワリをパシャ。 そこからジグザグに南に向かい平章小学校を通過してすぐに東進。丸岡城を横目に帰路に。

    帰ってすぐ、ビリーの基本プログラムを開始。今日は全身筋肉痛から解放されているのがうれしい。「決して諦めるな」この言葉を胸にこれからも、ガンバ!このコースの歩数は約4100歩。時間の都合によりビリーは38分で切り上げ。

2007年9月19日 (水)

気ままにWALK58

    今朝は福井街中ウォーキング、ひたすら西コース福井駅を出て、駅前大通りをまつすぐ西へ。ビリー再開3日目、全身、筋肉痛状態。成果を得ることのなんとも厳しいことか。

    さて、順路は、繊協ビル福井銀行本店福井シネマを通過し、フェニックス通りを渡って、花月橋のところで右折し、花月橋通り。少し進むと、左手に湊八幡神社がある。

  さらに進んで、さくら通りと交差。右折して、すぐのところに、福井の冬の名物「水ようかん」の代表的店舗「えがわ」が右手に。「ふるさとに語りつがれた えがわの水羊羹」とのCMの歌のフレーズが頭に浮かぶ。ふぅ〜ん、ここにあったんだ。店舗の横には「Patissier えがわ」の文字もある。洋菓子を含め色んなお菓子もあるのだろうか?

 さくら通りを道なりに進んで芦原街道との交差点のところで、左側に「福井大仏」。思わず手を合わせる。旅先も含め、このところ神社、お寺にお邪魔することも多く、信心深くなった気がする。

 さらに進んで、福井地方裁判所を横目に職場に向かう。このコースの歩数は約5500歩。

2007年9月18日 (火)

気ままにWALK57

気ままにWALK57
気ままにWALK57
気ままにWALK57
    今朝は一週間ぶりの福井街中ウォーキング。先程丸岡駅で雨にあったので、念のため雨の日ショートコースを採用。

    なんか身体が重い。大きな荷物に加え、昨日と今朝のビリーズ・ブートキャンプがボディーブローの様に利いているみたい。 「絶対に諦めるな。俺についてこい。」「効果は確実。自分自身を変えられる」と激励するビリーに、とにかくついて行こう。

    そう思いながら先に進み、駅前大通りに。歩道の花がなんとも綺麗。インバチェンス、ポーチュラカ、ベゴニアなどなど。 勝木書店側西出入り口を除き改装なった放送会館前地下道を通って職場へ。このコースの歩数は約2800歩。

2007年9月17日 (月)

ビリー、お久しぶり!また、がんばります。

 街中のポスターで見ることはあっても、動画のビリーの顔を見るのは49日ぶり。この間、筋トレ、休肝日は皆無で、数回の旅行での不摂生・栄養過多で、お腹がポッコリ。ベルトがやけにキツイ。

 ウォーキングに出ようとして、雨に出鼻をくじかれたこともあり、ビリーズ・ブートキャンプにトライ。 職場でも成功事例は多い。特筆すべき1人は、身長150数センチの30歳後半の女性、私が始めた頃からやり始め、3ヶ月継続して12キロの減。余りに締まって別人のよう。

 もう一人は、身長160数センチ、50歳の男性、ここ数年足にウェートを巻いて通勤していたのをやめ、1ヶ月継続してビリーをやって、体重3キロ、ベルトの長さ5センチ減。数年来健康診断で引っ掛かっていた、中性脂肪等の項目全てが改善され、医師も驚いていたとのこと。いずれの者も継続してビリーをやって、結果、精悍に体質改善され普段の動きも非常に軽やかだ。

  「この訓練で君は闘う身体を手に入れる」、「ここはブートキャンプ。絶対に諦めるな。俺についてこい。」、「ブートキャンプは、人生を変える場所だ。」、「すべては結果のため。効果を得るには努力が必要。」、「効果は確実。自分自身を変えられる」などの叱咤激励が飛ぶ。すぐに汗が吹出し、サウナに入っているようだ。シャワーの後が非常に気持ちいい。(*^o^*)

 要は、成功を信じて、とにかく継続することか。前回の挫折は、朝、プログラムを全部やり遂げないと駄目との思いで、午前5時半スタートできない場合はしないと決めたことにある。今日からは20分でもとにかくやり続けようと、心に誓うのでした。

2007年9月16日 (日)

「蕎麦 その字」に行ってきました

その字に行ってきました
その字に行ってきました
    福井市高木にある「蕎麦 その字」に行って来ました。平成13年、14年には、四ツ居にあった店によく行ったもの。 確か「高木の湯」の近くと聞いており、とにかく出発!恥ずかしながら、目印の高木の湯が見当たらず、高木から大和田をぐるっとノロノロ運転。次から次へと建物が建ち、頭にインプットされている風景が再現されないためか、地理間隔が乏しいためか?

 さて、店に着くと、若干工事中のような感じではあるし、人気が全くない。休みかなと、くじけそうなところを、やっとのことで探し当てた苦労と空腹感がおしとどめ、恐る恐るドアを開け、「営業してますか?」。ややあって、「はい、やっています。ただし、開店は11時半からです。よろしければ、中に入ってお待ちください。」とのこと。時計の針は20分を指している。

 店の感じはモダンで洒落た感じ。大きなテーブルもいい。私と子供は、おろしそば+かき揚げ丼で1300円、妻は、かき揚げおろしで1100円。聞いていたより若干高くなったようだ。 1番客だったこともあり、早くそばが出て来て、ゆったりと食べることができた。

 かき揚げの、今川焼きを二枚重ねたような重厚さとボリューム、えび・いか・玉ねぎ・人参といった具(他に入っていたかも?)、上部はカリットで下部はほんのりソフトな揚がり具合が丼にマッチしていい。

 加えて、そばが細く、つゆが大根おろしたっぷりで、辛いのが特にいい。大根おろしと辛いそば大好きの私は大満足。そば湯も全部頂戴して店をでました。

2007年9月15日 (土)

JR九州の列車(かもめほか)

JR九州の列車(かもめほか)
JR九州の列車(かもめほか)
JR九州の列車(かもめほか)
JR九州の列車(かもめほか)
JR九州の列車(かもめほか)

 先日、博多と佐賀の往復に白い「かもめ」に乗りました。白かもめは、通常の特別急行に比べ、設備が少し豪華、デザインがいい、新幹線のグリーンじやないのに客室乗務員がいるなど。

 設備の点では革張りのシートと荷台が飛行機のようなカーゴ型になつていること。デザインの点では2枚目の写真のように、デツキが丸みを帯びた空間構成がなされ、〝書パネル″が飾られている。なんと正面の丸いところ、「凧」の奥がトイレ。ちっともトイレらしくないのだ。右手手前、凧の字が反対に映っているところが、電話室だ。この列車に乗っているとなんともウキウキしてくる。

 3枚目のフォトは「ツバメ」鹿児島の方に行くという。ダークグレーで精悍な感じ。

 4枚目のフォトは「みどり」佐世保行きで、シルバーの「かもめ」と連結されている。間にハウステンボス号が入ることもあるという。車両の真ん中で、A(指定)とB(自由)の二つのコンパートメントに別れているのが珍しい。

 5枚目のフォトがシルバーの「かもめ」肥前山口で、「みどり」と分離され、長崎に向かう。かもめの左の青い車両が「ソニック」で、日豊本線を走る。

 JR九州で、心憎いのが、博多の方に向かう長崎本線、佐世保線の列車は、佐賀駅からは指定券がなくても空いている指定席に座れるということ。確かにこの路線の乗客は多くデッキ等に相応の人が。残り2駅、空いている席は顧客サービスの観点からも有効活用すべきだ。

駅弁紹介2+鉄板焼き

駅弁紹介2+鉄板焼き
駅弁紹介2+鉄板焼き

    博多駅弁寿軒の「博多釜飯」と博多名物「シウマイ」を食べました。 博多駅で列車待ちでお土産屋さんを物色していたら、その横が弁当屋さん。昔、北周りで上京の際、横川駅の釜飯弁当や高崎駅のダルマ弁当をよく食べた記憶が。

    釜飯の中味は、鳥のスープで炊きこまれたご飯に、海老、錦糸玉子、竹の子、栗、ごぼう、うずらの茹で玉子、蓮根、椎茸、鶏身、銀杏、奈良漬けなどが配されている。具を別途味付けすると具の味が濃すぎてご飯とマッチしない場合が往々にしてあるが、この釜飯は上手く合っている。値段は750円。

    次は同じく寿軒の博多名物「シウマイ」。”名物”という言葉に弱く、ビールのおつまみもかねて購入。20個入って500円はお値打ちだ。ただ、惜しむらくは食べるまでに時間がかかりすぎた。博多駅で買い求めてから1時間半も経過してしまい、反省しきり。m(_ _)m。

    話し変わって、博多天神の確か、鉄板焼き「のんべえ」(?)で13日夜、食べた鉄板焼きキャベツと豚肉を鉄板で焼いたもの、博多名物という。鉄板焼き以外のメインメニューはない、鉄板焼き専門店か?

  食べるときは、鉄板の左側の底に1.5CM角で長さ5CMくらいの棒を挟み込み、油を右の方に集める(右利きの場合か)。その油に唐味噌を溶けこませて、タレを作って食べる。

  豚肉も歯ごたえがあり、牛肉のステーキのよう。1.5人前で1000円。ご飯大が200円、味噌汁100円、生ビール2つ1000円のしめて2300円。唐味噌を入れ過ぎとても辛かったが、おいしかった。お腹も張って、満足、満足!!

2007年9月14日 (金)

気ままにWALK57(博多編2)

ままにWALK57(博多編2)
ままにWALK57(博多編2)
ままにWALK57(博多編2)
ままにWALK57(博多編2)
ままにWALK57(博多編2)
 今朝も博多の早朝ウォーキング。雨に備えて折りたたみ傘を持つ。さすがに、午前5時では真っ暗だ。 ホテルを出て昭和通りを西に向かう。昨夜、鉄板焼きの店の兄さんに確認したところ福岡ドームまでは歩いて1時間位とのこと。昨日よりも30分早く出発することとなった次第。 この時間でも屋台では後片付けしながら飲食をしている。ご苦労様。

 2、3日市内を歩いていて気が付いたのは、深夜、早朝に大通りに停車しているタクシーの多くが後部座席のドアを開けて客待ちしていること。また、自転車を利用する人が多ちょっとしたところに有料駐輪場があること。ところが変わればイロイロか。

  昭和通りを歩くこと42分、樋川のところで河口に向けてドーム方向の矢印。案内に従い川に沿って下る。途中、警察官が一定間隔毎に警ら。秋篠宮ご夫妻の行啓があるのだろうか?

  5時51分には国立病院九州医療センターに到着。54分には福岡ドームと、隣接のホテルSEA HAWKの全景が。その手前の広場も南欧的(?)でとてもお洒落。ホテルの形状も面白い。この辺一帯が非日常だ。圧倒的存在感のドームの北側に出て博多湾を一望。

  ドーム横を流れる菰川に沿って南下し地行橋を渡る。毎朝ウォーキングをしているという地元のおじいさんと話しをしながら前に進む。大濠公園に行くとのこと。おじいさんとは妙法寺の観音様のところで別れ、足を延ばして西公園に。西公園をくるくる歩いてどこを歩いているのか分からなくなり、大濠公園行きを諦める。ふらふらと進むと、なんとまあ、また妙法寺。観音様のお導きと、先のおじいさんの向かった方向に。

  川のところまで来ると森が見えて来た。公園を進むと、池の中央に中洲がある。素晴らしい風景だ。一周約2KMだそうで中洲を通ってショートカットを試みる。23日にシティマラソン福岡が開催されることもあるのかも知れないが、ランナーがやけに多い。周遊コースも衝撃吸収できるような素材が使用されているようだ。ランニングにウォーキングにとても恵まれた環境だ。

  時刻は7時25分。時間も余りなく疲れもあり、市営地下鉄空港線に乗り、ホテルに。所要時間2時間35分、歩数は約17500歩。

佐賀に行ってきました3

佐賀に行ってきました3
佐賀に行ってきました3
佐賀に行ってきました3
佐賀に行ってきました3
佐賀に行ってきました3

 佐賀城本丸歴史館の次は、早稲田大学創設の大隈重信の旧宅記念館だ。約二百年前に建てられた藁葺木造の平屋家屋で二階を重信侯の勉強部屋として増築したとのこと。残念ながら私が訪れたときには閉館となっていたので遠景を二枚。

  次は、佐賀市歴史民族館で、旧古賀銀行の建物、古賀家居宅など。写真は旧古賀銀行で、カフェが入っており、大正ロマンを体感できるとのこと。道路が狭く全体像がわかりにくいので、正面と左側からの写真を二枚。

  佐賀駅に戻る途中で偶然見かけたのが武家屋敷の門。屋根も苔むし、門全体がやっとのことでバランスを保っているのがなんとも言えずいい。

  佐賀市内を歩いていて気が付いたのは、公共施設等で、ブロックの間に芝生を植え込んだ駐車場が多いこと、透水性アスファルトが結構使われていることがわかった。環境への配慮が感じられる。

  佐賀の記録の最後として、地元の人から聞いたことをひとこと。がばい」は副詞で「すごく」という意味だから、今、話題となっている「がばいばあちゃん」という使い方は本来しないとのこと。ただ、日本語は融通性の高い言語であり、みんながこう使っていけばこれが正解となってしまうのだろう。

2007年9月13日 (木)

佐賀に行ってきました2

佐賀に行ってきました2
佐賀に行ってきました2
佐賀に行ってきました2
佐賀に行ってきました2
佐賀に行ってきました2

 松原神社の次は、前の道路を挟んだ大きな掘の南西にあるちょっとレトロな雰囲気の建物。佐賀県庁本館だ。県庁に面するお堀端に大きな楠が。市内には、大きな楠がなんと多いことか。先の神社、県庁前、その横の県立図書館など。もしかして県木が楠だったりして。

  そこから佐賀城本丸歴史館に向かう。途中、焼き物プランターにポーチュラカの花をパシリ。こちらは、大きな鉢型。駅前の方は大皿型だった。同じ道路延長上だが、プランターが一様でないのがよい。

  佐賀城は佐賀市の中心に位置し、城郭の構造は輪郭梯郭複合式平城。かつては幾重にも外堀を巡らし、城が攻撃にあった際は主要部以外は水没させ敵の侵攻を防衛する仕組みになっていた。ゆえに「沈み城」とも呼ばれたとのこと。

  本丸歴史館の最初は重要文化財の鯱の門。次は本丸歴史館。最後は天守台跡横の門から外に出てバシリ。(続)

佐賀に行ってきました1

佐賀に行ってきました1
佐賀に行ってきました1
佐賀に行ってきました1
佐賀に行ってきました1
佐賀に行ってきました1

 がばい、佐賀に行ってきました。街なかの商店等の店先には、「祝佐賀北優勝」「佐賀北高、感動ありがとう」といった横断幕や大型の紙短冊が掲示されており、未だ甲子園の感動覚めやらない感じ。

 駅を出て道路を歩いて気が付いたのは、大きな焼き物のプランターにポーチュラカが植わっていること。さすがに、唐津焼き、伊万里焼きを擁する佐賀県。花については様々な色の可憐な花を付けるポーチュラカを採用することは異論のないところだが、多肉系で乾燥に強いことも理由としてあるのかも知れない。或は、市の花だとか、全国総体のイメージフラワーになったのか、理由は謎。分かる人がいたら教えて下さい。m(._.)m

 さて、最初に訪れたのは、JR佐賀駅から南へ1Km余りの「佐嘉神社」。祭神は、江戸末期の第十代藩主の鍋島直正公で、明治六年、松原神社・南殿に祀られ、昭和八年佐嘉神社として別格官幣社となった、比較的新しい神社。

  次はその隣にある「松原神社」。藩祖鍋島直茂とその先祖を祀っている。恵比須様も鎮座されている。市街地にあるのに静かで、ゆったりとした神社だ。神社の北と東は松原川が流れ、緋鯉が悠々と泳いでいる。とてもいい感じだ。川沿いに神社の東側に回ると洋館みたいな建物。アンバランスが面白い。時間がないので境内に戻って確かめられなかったが、トイレのような感じだった。(続く)

博多での昼食

博多での昼食
    博多での昼食というと、博多ラーメンとか明太子ご飯、モツ鍋、鉄板焼きといったものを想像するかも知れないが、昨日食べたものもあるので、変わったものにした。最近は地方都市でも食べられるベトナム料理だ。

    天神4丁目にある「SAI−GON」に入る。カウンターに座ると、「今日の日替わり定食はフォーの炒めですが、何にしますか?」との質問。「それじやそれお願いします」と答え、数分後に出て来たのがこの定食。

    サラダには生ハムみたいな豚の耳が入って薄いがコリコリしていた。デザートは、薄切りの昆布に、椰子の実、ココナッツミルクが入っいる。取り合わせが不安だったが、意外や意外、甘くて美味しい。スープはねぎ、豚肉、えびが入って、結構いける。

   メインはフォーの炒めもの。米粉でできており、小麦粉に比べモチモチしており、味付けもよく美味しい。 全体として結構なボリュームで値段も600円。学生時代、東京の大久保でよく食べたものと比べ洗練されている。やはり、本国の経済発展と生活の向上も関係しているのだろうか。

   コーヒーを頼んだら少し幅広のカップの上に蓋をしたドリップを載せて出て来た。10分弱待ってコーヒーをすする。食事中から度々ジャスミン茶を注ぎ足してくれる。サービスも丸。しめて900円。満足、満足。

気ままにWALK56(博多編)

気ままにWALK56
気ままにWALK56
気ままにWALK56
気ままにWALK56
気ままにWALK56
   今朝は博多の早朝ウォーキング。天気が下り坂と予報にあったが、そのためかどうか、5時半では真っ暗だ。

    ホテルを出て天神三丁目に。地下鉄にの出口には百円の有料駐輪場。昨日佐賀駅でも見かけたが、この辺の繁華な駅では普通なのか?

  昭和通りを道なりに進むと、突然道路清掃車が来て車道の路肩を綺麗にしていた。そういえば、長浜ラーメン等の屋台の洗いもの等の排水を車道の雨水排水桝に入れていたことを思い出した。ハハーン、だけど毎日は大変だ。

    さらに進んで那珂川を渡って川沿いに下る。43分位には回りが少し明るくなって来た。6時少し前には河口に到着。

   福岡都市高速道路の高架をくぐり港沿いに北に進むと、ベイサイドプレイス博多埠頭だ。平成3年か4年にここを訪れた時はオープン間もない時で賑わっていたことを思い出す。

 べイサイドの海(博多湾)をはさんで対面に見えるのが、マリンメッセ福岡。確か前にこの地を訪問した時にこのメッセの建設計画を聞いたことを思い出す。

 博多湾を見ていると磯の香とともに、海鳥が悠々と泳ぐのと、時たま魚が跳びはねるのが見える。ボーンという汽笛の方を見ると大きな船がまさに港に入ってくるところ

 辺りを散策して、福岡国際会議場、福岡国際センターを通過し、那珂川を渡って帰路に。最後に天神をうろついてホテルに着いたのは7時10分。このコースの歩数は約9000歩。

2007年9月12日 (水)

駅弁紹介

駅弁紹介
駅弁紹介

 徳山駅弁の「のんた御膳」を食べました。 キャッチコピーは「やまぐちの山海の恵みが彩る、滋味豊かな古里の膳」。

 弁当の中味は、煮蛸、海老・椎茸・蓮の煮物、若鰯のなます、鳥焼き、ブロッコリー、三色豆、辛子明太子、海老チリ、広島菜で包んだご飯、穴子・キュウリ巻き、三色だんご、などなど。彩り豊かな弁当で、950円なり。

  個人的な感想では、炭火焼きのような風味はあるものの鳥焼きがジュシーさが足らなかった、煮蛸が深みが乏しいと感じたが、若鰯のなますはとても美味しかった。大都市の駅弁では考えられない価格設定だ。(*^o^*)

ちょっとお花を拝見4

ちょっとお花を拝見4
ちょっとお花を拝見4
ちょっとお花を拝見4
 最初のフォトは、玄関から、駐車スペースに面する建物の軒下沿いに花を置いているもの。写真では分からないが、庭全体が建物を背に茶系数色のレンガで構成する壁により半円型に区画している。道路に面したオープンな中でクローズドな花の世界を形成している感じだ。レンガ壁も建物の軒近くはなく、道に近づくにつれ高くなっていくのも面白い。

次のフォトは、玄関へのアプローチとその右の駐車場を区画するものとして、縦長楕円のプランターに等間隔でコニファーを植え、その間にベルフラワー(?)を配しており、ミニチュア的な雰囲気の中で、上部はすっきり感、下部は量感を演出。基本的に駐車場はコンクリート打ちっぱなしで、左のアプローチ等は赤茶のタイル。アプローチと左のスペースも縦に細長くコンクリートを配して区画するだけでなく、タイルの色を右は赤、左は茶を強くしており、建物軒下の赤と白の日々草とマッチ。

 最後のフォトは、歩道にすぐに面するお宅での花。歩道が数色のタイルブロックで、背景の建物の壁は白色系。花は薄い青紫で、コントラストを多様化させている。他方、左の玄関は少し奥まっており、その奥行きと玄関間口の約半分を利用して、多彩な花の小アプローチを作っているのがいい。

2007年9月11日 (火)

気ままにWALK55

気ままにWALK55
気ままにWALK55
気ままにWALK55
気ままにWALK55
気ままにWALK55

    今朝の二つ目のWALKは、豊島、手寄、日之出などの駅東編、福井街かどウォーキング。日差しが結構強い久々の晴天だ。

 福井駅を出てアオッサに向かい、桜木図書館で借りた本を時間外返却ポストに“投函”し、そのまま南下。城の橋通りを横断し、木田橋の手前で福井市野球場に隣接する道路の方に。

 朝からカキーンという音と、元気な声がするので内野席から球場を覗いてみると、試合前の練習中の感じ。一塁側が「成和中」、三塁側が「明倫中」。管理のおじさんに聞いたら練習試合とのこと。中学生だけあって、監督の言うとおりにきびきび動いている。うん十年前を思い起こし、この俊敏な動きを懐かしく思う。

 野球場から北北東に進み、城の橋通りを道なりに進むと、火産霊(ほむすび)神社の前に。福井藩祖松平秀康公が下総国結城に在城の頃、防災の神と崇められていた遠州秋葉神社の御分霊を1601年北ノ庄に転封の際に移転して祀っつたのが始まりで、明治5年に改称するまでは秋葉神社であったという。

  さらに道なりに東に進み旭橋手前で、荒川に沿って北東に進む。ここには先日の「旭地区サルビア会の花壇」。川に沿ってさらに進んで、体育会の準備をしている旭小学校のグラウンドを越え、城東橋の「さつき児童会の花壇」に。

 東大通りを横断して、日之出に入り、北西に進んで、観音町踏切を渡って職場に向かう。このコースの歩数は約4800歩。

気ままにWALK54

気ままにWALK54
気ままにWALK54
気ままにWALK54
気ままにWALK54
気ままにWALK54

   今朝は、久々の早朝ウォーキング。空気は爽やかだが、結構冷たい。薄いヤッケを羽織って正解だ。 まず家を出て北上して城北へ。田んぼをみると朝もやがうっすらとかかっている。城北に入り西進し元気な城北区の花壇も通過。

    さらに進んで今度は南下。栄区から荒町を抜け北霞に。丸岡藩の藩校「平章館」を前身とする平章小学校を通過し、霞ヶ城を仰ぎ見る。

    さらに東進し、ラジオ体操で人が集まりつつある「一筆啓上茶屋」前を横切り、霞ヶ城公園に。池の緋鯉に挨拶をして霞町、霞ヶ丘を越えて家路に。このコースの歩数は約4500歩。

2007年9月10日 (月)

気ままにWALK53

気ままにWALK53
気ままにWALK53
気ままにWALK53
気ままにWALK53
気ままにWALK53

 今朝は、雨の日、福井街かどウォーキング。雨の日コースはとらず、晴れの日コース修正版。

 福井駅を出て、高架沿いに南下し仮泉橋へ。流石に川の水は多くコサギも涼しそう。仮橋のすぐ上には、橋脚が2つ姿を表し、10月中旬からは橋げたの架設工事が始まるとのこと。

 足羽川遊歩道を西に進んで、幸橋に。車道は上下とも開通。あとは橋の中央部に福井鉄道電車の線路を通すだけ。歩車道橋に線路を通すのは珍しいという。

 橋を渡って放送会館前地下道に向かい、東側(勝木書店側)から中に入る。駅前地下駐車場が10月1日にオープンすることに伴い、この地下道も整備され、西側の出口を除き、地下道が化粧直しされている。

 地下道を出て、北上し、お堀の方に。お堀の西側は御廊下橋の工事中。橋の取り付け箇所等の基礎部分の工事が進んでいるようだ。駅周辺の工事がまつ盛りの感じ。このコースの歩数は約3500歩。

2007年9月 9日 (日)

気ままにWALK52(継体天皇のゆかりを求めて)

気ままにWALK52(継体天皇のゆかりを求めて)
気ままにWALK52(継体天皇のゆかりを求めて)
気ままにWALK52(継体天皇のゆかりを求めて)
気ままにWALK52(継体天皇のゆかりを求めて)
気ままにWALK52(継体天皇のゆかりを求めて)
今朝は、JRで行く街めぐり福井駅編「継体大王即位1500年記念ゆかりの地をめぐるコース」の省略修正版で、愛宕坂入口に自家用車で到着。 まず愛宕坂を登って、福井市愛宕坂茶道美術館へ。同館では現在、企画展「茶人の筆跡」が開催されており、武野紹鴎千利休等の掛物10点、武野紹鴎作の茶杓等の道具類11点の展示があり、なかなか目にすることができない物を鑑賞できて得した気分。一乗谷朝倉氏を中心としたお茶に関わる常設展示を見て隣接の茶室を見学。

   次は向かいの福井市橘曙覧記念文学館に。受付に知人がおり、思わず30分の立ち話し。曙覧が居住した「藁屋」復原コーナー、「独楽吟」のイメージポール表示、さらには「継体天皇大世系石碑と曙覧」のコーナーを見て外に出る。

   さらに坂を登って、次は、継体天皇を主祭神とする足羽神社へ。残念ながら社殿は改修中。天然記念物のしだれ桜を見、仮社殿をお参り。

  神社を出て、茶屋、福井市自然史博物館の横を通過して、背後から継体天皇像に迫る。少し離れると枝が邪魔になって大王様は見えないため、足元近くから仰ぎ見る。少し雨が降ってきたので足早に先を急ぐ。

   新田義貞とその一族を祀る藤島神社の位置がわからず、像の下の前の道を進み、テレビ塔を通過し、しばらく進むと木々の間から下の方に大きな屋根が見える。道なりに下に降りると神社全体が工事中という感じ。よく見ると、藤島神社社殿の屋根の葺き替え工事中とのこと。ここで雨が強くなり、工事中の社殿で参拝して雨宿り。30分で雨が止んだので神社を出て、少し進んだ所にある石段を下る。140段弱で“地上”に。そこの赤い鳥居を出て道なりに北西に。

   しばらく進むと、「毛谷黒龍神社」の石の鳥居。石段を上がると中央に社殿が。参拝して左に進むと、二つの石が。国歌に出てくる“さざれ石”だという。岐阜県春日町の石が元祖らしいが、その山中で見つけたものとのこと。思わずへぇ~という感じ。国龍も「こくりゅう」ではなく本来「くずりゅう」と読むとのこと。この神社は、大王が皇子のとき、国龍、足羽、日野の3大川を拓き、国龍川(九頭竜川)の守護と国家鎮護を祈り、477年高屋郷国龍村毛谷に社(舟橋)を祀り、工事の完結と安全を祈願したのが始まりとのこと。

   この後は再び愛宕坂に向かってウォークはジ・エンド。今日は短時間に由緒正しい3つの神社に参拝しいろんなことを学び、賢くなった気分。道草もあり所要時間は2時間半。歩数は5200歩。

2007年9月 8日 (土)

"あきらめず勝利の道をきりひらけ゛長畝小学校運動会

"あきらめず勝利の道をきりひらけ゛長畝小学校運動会
"あきらめず勝利の道をきりひらけ゛長畝小学校運動会
"あきらめず勝利の道をきりひらけ゛長畝小学校運動会
"あきらめず勝利の道をきりひらけ゛長畝小学校運動会
"あきらめず勝利の道をきりひらけ゛長畝小学校運動会
 "あきらめず勝利の道をきりひらけ"テーマコールが子供達から大きな声で発せられた。準備運動も〝長畝っ子エアロビクス″で、自分の子供の時とは全く違い、リズミカルに楽しみながら運動するという感じ。

 競技構成は、各学年とも、競走に加え、学年に応じた競技名にも工夫の見られる独自の競技。ただ6年は注目の応援合戦のメインとなることから、学年独自の競技は競走だけか。 あとは、1・6年、2・5年、3・4年、低学年、高学年のコラボ競技に、大玉送り、色別対抗リレーといった全学年コラボの競技。

 注目度No.1は、午後一番のの各軍の応援合戦。応援団は夏休み、お盆の後の週から集中練習。新学期からは各組のみんなと一緒に全体練習。みんなの息がひとつに合ってパワーを発揮する。衣装、応援歌、差込音楽、振り付け、ストーリー、文字幕(パネル)などなど、工夫がいっぱいだ。保護者の多くがカメラマン状態で、子供たちの一挙一動に歓声と賞讃の声が上がる 。私たちのときは、太鼓に合わせた応援と、代々受け継がれた応援歌、時代の違いをつくづく感じる。これだけの応援には非常に大きなエネルギーが集約されているだろう。

 それと、みんなが参加する大玉送力が入る。時間が余ったということで三回戦が五回戦になるといった信じられないオマケ付き。終り二番がよかった。力と力の対決となった五色綱引きと、とりの各組応援が一丸となった色別対抗リレー。

  競技成績は約50点もビハインドの赤組が黄組を抑えわずか一点差で指し切った。校長先生の表彰も奮っており、応援や衣装、競技態度など各組のよかった点をコンパクトに賞名にして各組とも表彰した。これが子供の良い所を伸ばす教育に繋がるのだと感じた次第。

2007年9月 7日 (金)

のうねの郷づくり推進協議会理事会

 9月7日午後7時半から長畝公民館憩いの間で開催。議題は、各部会の事業計画・収支予算、のうねの郷(公民館)まつり、その他。

 あんしん部会では、「長畝っ子見守り隊」に感謝する集会、活動活性化の取組、独身居老人マツプづくり、防災用土のうづくり等の説明。見守り隊に感謝する集会
は3年目であるが、人任せでなく保護者も参加ということになった。

 ふれあい部会では、公民館まつり、健康まつり、古城まつり、わんぱく探偵団、科学塾、世代間交流活動。特に公民館まつりや古城まつりでは揃いのTシャツを着て総おどりをしょうということで盛り上がりました。

 ふるさと部会では、県のフットパスの事業を踏まえて豊原地域の自然や文化、歴史などとのふれあいを楽しみながらの歩行コースの設定・体験等のうね地域内の史跡・文化・伝統等のマツプ作成等について説明。さらにフットパス設定等事業を拡充するということとなった。

 かんきょう部会では、味岡山・五味川・竹田川環境保全事業、竹田川周辺遊歩道整備事業について説明。特に後者については、遊歩道の整備と併せカブトムシやクワガタムシの里、キャンプ場を作るという内容に心動かされた。

 じょうほう部会では、のうねカルタ募集事業の経過と作品の審査会のこと、協議会のホームページ、地域SNSのことの説明など。ホームページのドメイン案の検討と早急の立ち上げを要するとの話し。

 公民館まつりでは花火の打ち上げ場所の検討、最終打合せの日程調整、総おどりの練習等について打ち合わせ。

 皆さんの熱心な議論は夜10時を越えても続いている。皆さんの熱い思いが非常に逞しく、この先に明かりが見えた気がした。

ちょっとお花を拝見3

ちょっとお花を拝見3
ちょっとお花を拝見3
ちょっとお花を拝見3
 最初のフォトは、玄関へのアプローチが隣家との塀沿いに延びており、黒い格子状金属線の塀をバツクに色とりどりの花が丈も高くないことと呼応して圧迫感を感じさせず人を誘うような雰囲気をただよわせている。

  次のフォトは、玄関へのアプローチのうち直截に玄関に通じる階段ステップを活用した花の見せ方。前のアプローチには、自家用車を置くこともあるのかもしれないが、何も花を置かずにパスを示すえび茶の長細いタイルとその横に沿って置かれた飛び石然としたタイルが‘線と点’のコントラストを見せながら、コンクリート打ちっぱなしに映えている。また、階段ステップに花を集中させているのが、立体感と量感をもたらすとともに、タイルアプローチとのallオアnothingのコントラストも見せている。

 最後のフォトは、巨石を背景とした花の見せ方が面白い。バステルグリーンというのかどうか分からないが、薄い霧のような白が入って何とも言えない雰囲気の‘石’がいい。形は三角状がかり、壁状のため、霧がかかった山を借景として鮮やかな花が咲いている感じだ。また、その花の前と横を面白い色や形の石で囲み、全体が立体感のある色んな表情を見せる花壇を形成しているのがとてもいい。

2007年9月 6日 (木)

ちょっとお花を拝見2

ちょっとお花を拝見2
ちょっとお花を拝見2
ちょっとお花を拝見2
ちょっとお花を拝見2
ちょっとお花を拝見2

 城東橋から荒川沿いに南下していると、とてつもなく大きい花壇。ざっと見、延長120m幅は通路も入れて最大3mというところか?

 どこが管理しているのだろうと思って、花壇の名前を記した看板でもないかと捜していると、花壇中央部辺りに「旭地区サルビア会花だん」との表示。昭和37年から福井市の花壇づくりのモデルとして運営管理されているとのこと。

 植えられている花は、マリーゴールド、コスモス、千日紅、キバナコスモス、ひまわり、サルビア、アゲランタム、百日草、日々草、カンナ、トルコキキョウ、キンギョソウなどで、不勉強で名前の分からない花も多い。m(_ _)m

 基本的には、車道に近い方(白いガードレールがある方)に、マリーゴールドを二列に、黄色と橙色を一定のブロック単位で交互に配し、車道から遠くなるところに、比較的背の高い花を植えることで、立体感とアクセントを持たせている。

 箱入り娘でなく、野生的で伸び伸び育っている感じがいい。これだけの花壇の管理は大変だろうと思ったら、水道をひねれば水が出る仕掛けもあり、感心、感心!!

  城東橋の色鮮やかな花壇は「さつき児童会」、岡田啓介生誕之地などの石碑も旭地区が関わっている様であり、旭小学校区では積極的なまちづくりが行われているように感じた。

2007年9月 5日 (水)

気ままにWALK51

気ままにWALK51
気ままにWALK51
気ままにWALK51
気ままにWALK51

   今朝は、駅東に向かっての福井街かどウォーキング。

    駅東口からでて、東大通りをまつすぐ東に。木田橋通りとの交差点で、左を見ると、結構木田橋通りの拡幅工事が進んでいる。完成後は片側2車線の立派な都市計画道路になるのだろう。 日差しが強いので、東大通りから一本北側の住宅街の道路を東進する。途中、知人2人と立て続けに遭遇。怪訝な顔に、あいさつとともに「散歩中です」で切り抜ける。

    荒川まで来ると、城東橋に色鮮やかな花壇が幾つも並んでいる。さつき児童会の木札が立っている。花は、黄色と橙色のマリーゴールドと、青色と赤色のペチュニアで生き生きとしており、手入れの良さに感心。

    橋の手前から道なりに北上。歩道左側に二つの石碑がある。うち一つをよく見ると「岡田啓介生誕之地」。岡田啓介氏は、海軍大臣を務め、昭和9年(1934)7月、福井県人初の内閣総理大臣になった方。2.26事件では、青年将校ら20余人が約1,400人の兵士を指揮し、政府要人宅を襲撃。斎藤内大臣、高橋蔵相、渡辺教育総監、鈴木侍従長が銃弾に倒れる中、岡田首相は、同じく銃弾に倒れた義弟・松尾伝蔵大佐を兵士らが首相と誤認したこともあり、女中部屋の押し入れに逃れ難を逃れたことは有名だ。福井市の出身とは聞いていたが、日之出3丁目が生誕地とは知らなかった。なんか物知りになった気分!!

   さらに北に進んで、昔たまに通った福井棋院のそばを通り、西に向かってジグザグに進む。原整形外科病院、シルバービラ岩井、観音町踏切りを越えて、お堀端の歴史の道を通り、さくら通りに出て職場に向かう。この行程の歩数は4200歩。

ちょっとお花を拝見

ちょっとお花を拝見
ちょっとお花を拝見
ちょっとお花を拝見
ちょっとお花を拝見

 ウォーキングの楽しみの一つは、自動車だとつい見過ごしてしまう町の変化を体感できることと、道すがら玄関先や外壁にある花を鑑賞できること。

 まず最初の‘花’との遭遇は、ひょんなことから。道から見える庭の花、植栽が野生的な感じではあるがなぜか雰囲気がいい。思わず突き当たりの道路を左折するところを右折してその家の玄関先に回ったこと。期待したとおり、建物、アプローチ、外壁、花、木、プランターが調和している光景。

 思うに、白いアプローチを白くて低い、白くて低い打ちっ放しコンクリート壁がお客を優しく誘い、左側の茶色のラティス、赤紫の建物外壁、右側の緑の植栽が背景となり、地面を薄い茶色のレンガ、白いアプローチタイル、五色石(?)が覆う ことで一つの結界を形成。あとは、色鮮やかな花や木を貯えた陶器、木、プラスチックのプランターが要所に配置され、絶妙のバランスを保っている。本当に素晴らしい。

 次は、新興住宅街を気楽に歩いていると、レンガ調の外壁に色鮮やかな3つのハンギングバスケットが見えてきた。中には、小さく可憐な花がたわわに咲く、赤、黄、青の「カリブラコア」か?

 壁の下に白と赤の花を交互に植えることで、いろんな表情を見せるレンガ壁のキャンバス上で上部の‘点の彩感・量感’と、下部の‘線の連続・交互感’がコントラストを見せている。

2007年9月 4日 (火)

ラポーゼ河和田に行って来ました

ラポーゼ河和田に行って来ました
ラポーゼ河和田に行って来ました
ラポーゼ河和田に行って来ました
ラポーゼ河和田に行って来ました
ラポーゼ河和田に行って来ました
   自治会で鯖江のラポーゼ河和田に行ってきました。ラポーゼ河和田は、温泉宿泊施設、そば・うどん打ち、バター・パスタ・パンづくり等の体験施設、ハーブ温室、バーベキュー施設などを有する複合施設だ。河和田は、鯖江市東部の地域で、旅館等で使用される業務用漆器の全国シェアが80%を超える越前漆器の産地で有名なところ。

    到着後の午前10時から11時30分まで、午後2時から3時30分までは、体験、入浴、散策等の自由時間。午前11時30分から午後2時までがバーベキューの時間。私達がラポーゼに入るのと前後して出て行く自家用車のナンバーから、宿泊客は県外の方が多いと推測される。

   自由時間には、ラポーゼ周辺を散策。途中、継体大王の献穀田等の看板が。そう、この地が漆器産地となったのは、継体大王が皇子の時に冠直しを依頼したことが発端という。福井県では、今年継体大王1500年イベントが各地で開かれるが、そのイベントに使用されるのだろう。あとは、ハーブ温室とか散策路をウロチョロ。

    お昼になり、本日のメーンイベントのバーベキュー。バーベキューハウスのほぼ中央一列に陣取る。何と言ってもいいのが、炭火であること。係りの人が種火を用意してくれ、みんなでうちわを扇ぐ、4人1テーブル毎の共同作業。あとは、それぞれの流儀で焼きに入る。アルコールも入って興にのつたところをパシャ。

 食後の自由時間は、お風呂へGO!男風呂は、サウナ、大きな湯舟、ジャグジー風呂、水風呂、露天風呂。特に露天風呂は、大きな杉木立が目前に迫っており、そばに小さな滝が流れているのが何ともいい感じ。身体の隅まであったまった。

2007年9月 3日 (月)

気ままにWALK50

気ままにWALK50
気ままにWALK50
気ままにWALK50
気ままにWALK50
気ままにWALK50
 今朝は、地元丸岡街かどウォーキング。曇天の中、時折お日様が顔を覗かせ、風も適度に吹く、マアマアのコンディション。

 まず、家を出て東に向かい、丸岡城、ジョイマートを越えて、プロレタリア文学者の中野重治生家跡。屋敷跡が大きな木で囲まれ、木の枝葉から洩れる柔らかな光の中でいたる所が苔むし、落ち着いた閑静な雰囲気の空間を形成している。

  そこから西北に向かって次は、長崎道場称念寺。泰澄大師が721年に元正天皇の勅許を得て建立した一堂宇が始まりで、新田義貞公墓所がある。かの明智光秀も越前朝倉家に仕官を求め訪れていた頃この門前に仮住まいしたことも知られており、芭蕉も当地を訪れ、「月さびよ 明智が妻の はなしせむ」と詠み、その句碑も置かれている。

  そこから南下してしばらくすると、丸岡スポーツランドに到着。サッカーのまち丸岡を象徴する施設でサッカー大会などのスポーツイベントや合宿が行われており、隣接の海洋センター、フィットネスセンターとの有効利用が可能だ。

 南東に進んで、今度は丸岡南中学校。ここは、県内で最初に教科センター方式を導入した学校で、生徒たちが各学科の教室を回るというのが、大学のような感じだ。校舎とグラウンドの間には用水を引き入れ川のせせらぎを再現。校舎の2階の南と東側には回廊があり、雨の日はそこでランニングが可能だ。また大きな食堂(ランチルーム)があり、障害者の支援を行うC・ネットふくいに委託して2種類のあったかい給食を提供している。(今も開校式のときに食べたあったかでおいしい給食は忘れられない。) 障害者の方の自立支援という観点からも素晴らしい取組だ。県内外から多くの視察があると聞く。ついでに中学校に隣接するC・ネットふくいの事務所兼コンビニに寄ってアイスバーを買って、はしたなくも食べ歩き。

 雨が急に降り出したので高椋東部地区大回りを断念して、北々東に向かい、丸岡中学校を通過。さらに北東に進むと、「チリ~ン、チリ~ン」と鈴の音。後ろを振り返ると宮地の豆腐屋さん。小学生の頃、台車で売りに来ると鍋を持って出て買ったことを思い出す。非常に柔らかで繊細な感じのおいしい豆腐で、お腹がすいていたので三丁買い求め、家路に。

 このコースの所要時間は3時間20分、歩数は20500歩。

2007年9月 2日 (日)

"熱かった"金津高校体育祭

"熱かった"金津高校体育祭
"熱かった"金津高校体育祭
"熱かった"金津高校体育祭
"熱かった"金津高校体育祭
"熱かった"金津高校体育祭
 9月1日は、金津高校の体育祭。8月30、31日の文化祭を合わせた学校祭のトリを飾るイベント。子供達は夏休み返上で、応援、衣装、デコレーション等々準備してきた成果が今日試される。

  組み分けは黄組黒組青組赤組の四つ。まずは入場行進。行進が揃っているか、元気か等も点数評価されるためみんな真剣で、各組の工夫、パフォーマンスも見物だ。

 開会式が終り、準備体操の後の最初の競技は男女一人ずつでタスキをつなぐ「障害物競走」。女子はまずおでこをバットにつけ5回まわり、ペットのお茶の一気飲み、オシリでの風船割りをお終えタスキを男子に渡す、男子は麻布袋に足を突っ込みジャンプして進み、ペットのお茶の一気飲み、飴玉を口だけでくわえてゴール。今回から教職員・PTAも加わった。日頃、運動不足のPTAは厳しい結果。ついついこの競技が好きなので書き過ぎました。m(_ _)m

 その後は、大縄をみんなで跳ぶ「みんなでジャンプ」、タイムトライアルの「30人31脚」、男子の「タイヤ争奪戦」、教職員・PTAも入り各64人ずつで競う「綱引き」を終えてお昼に。

 午後の一番は、注目の「応援合戦」。各組が一丸となって、総合力を競う競技だ。各組とも、工夫を凝らしたデコを背景に、自色を中心にデザイン性豊かな衣装を身に着けた応援団が、軽やかに、踊り、ダンス、パフォーマンスを曲、かけ声に合わせて繰り広げる。掛値なしに一見の価値のあるもの。地域の人も合点承知の助で、開始の午後1時に近付くにつれ、俄かカメラマンも含め観客が増えて来る。確かに来て見てよかった!確かに、エンターテイメントと言える内容だ。

  次は、出場者全員が俊敏に規則正しく心を合わせる「背わたりリレー〜王子をのせて」、女子の「タイヤ争奪戦」。

 競技の最後は、男女交互に10人ずつがバトンをつなぐ「総力リレー」。バトンリレー、競り合い、追い抜きなどなどいろんなシーンで歓声、嘆息、ガンバレの激が飛ぶ。選手も観客も一緒に力の入るこの競技が最後を飾るのも理解できる。

 この後フォークダンスを経て学校祭の成績発表だ。 まずは、体育祭の入場行進、デコ、衣装、応援、競技。次は文化祭の一年の展示、垂れ幕、二年の模擬店、垂れ幕、三年のトロピカルアクション、最後は学校祭の総合成績。

 今回はこの発表を各組が整列した列の前に机を置き、その上に遠隔操作の各組の色の出る煙幕花火をセット。準優勝、優勝の成績発表の掛け声と共にそれを鳴らして知らしめるというもの。流石に高校生と言う感じ。

 表彰も体育祭の総合だけでなく、体育祭の衣装、デコ、応援、さらには文化祭の展示、模擬店、垂れ幕、トロピカルアクションといつた大変な部分、地味な部分にも光をあてるということは教育的にも素晴らしいと思う。

  発表の後の万歳三唱も見物。伝統的に、三唱中に、ジリジリとにじり寄った生徒たちが前の演台を取り囲んで、万歳をし、お互いの健闘を讃え合い、喜びを共有するもの。音頭を取る人は早々に"避難"し、演台は全く見えなくなってしまった。 午後5時からの後夜祭で子供達の熱い夏が終わった。これからは勉強かな?

2007年9月 1日 (土)

武雄温泉に行って来ました2

武雄温泉に行って来ました2
武雄温泉に行って来ました2
武雄温泉に行って来ました2
武雄温泉に行って来ました2
武雄温泉に行って来ました2

 武雄温泉の一番の名所といえば、国の重要文化財に指定されている楼門だ。まずは、旅館に入る前にパシャ。

 旅館に入って、お酒をいただきながら食事のできるいい店はないかと尋ねると、「福太朗」がいいとの答え。右往左往しながらやっとのことで目的地に到着。福太朗は地元の客で一杯で、入口で待つていると、常連客が気を利かせて二組も席を立つてくれた。お客とお店の信頼関係が出来ていると思わず感心。 メニューを開いて、晩酌セットを注文。生ビールに枝豆のほか、お任せのつまみが六品。確か千二百円余り。あとはビールのお代わりと焼き魚(しぐれ)、天ぷら盛り合わせ。揚げ出し豆腐、芋焼酎のオンザロック、ざるそば。

 満足して店をでて外に何かないかと街を徘徊。 宿に近くなつたところで、例の楼門の奥が明るく、自家用車も一杯駐車してあるようだ。門をくぐって元湯の受付に行くと24時まで空いているとのこと。今からでも汗を流せると思うと元気が出る。

  その際目に留まったのは「ちゃんぽん」の文字。そこは楼門のまさにその中で営業している「龍神亭」というお店。楼門の中の左側に掛かった暖簾をくぐって、ちゃんぽんとビールを注文。店の主人にいつから営業してるのかと聞いたら、8年前から。前は物置きだったのを人が入って管理した方が長持ちすると考えたんでしょうとの素朴な答え。人が一杯集まる元湯のそば、それも重要文化財の中で営業してるだけあって味はまあまあ。私も連れも大満足。

 太鼓腹になったところで、次は腹ごなしの元湯だ。急いで宿に帰り着替え等を持って元湯へGO!! 入口の受付には、おじいさんと二人の女性。券売機で三百円の入場券を買っておじいさんに渡して中に。レトロでノスタルジックな雰囲気が堪らない。湯舟はあつ湯(44〜45.5度)ぬる湯(42〜43度)の二つ。当然私はあつ湯。茹で蛸状態であったが、肌はつるつる。すっかり疲労から解放されぽかぼかと身体の芯からあったまっているって感じだ。 武雄温泉の源泉は51度の単純温泉(低張性弱アルカリ性高温泉)だ。お風呂も、元湯のほか、重要文化財の武雄温泉新館、鷺乃湯、家族湯がある。

 夜の11時になっても若い女性も含め地元の人が次から次へと入りに来る。 近年、ハイテクのお風呂が持て囃されている中で、この集客は異様とも言える。温泉以外の何かが街の人の心を掴んで離さないのだろう。今回の旅は、がばいばあちゃんの心意気と明治・大正時代を彷彿させる優しい雰囲気に触れることのできた、素晴らしいものでした。是非、今度は家族湯の殿様湯に入って見たいものだ。